2012年04月18日

月が綺麗

ダーリンが外国人の場合、お姫様だの天使だのlovelovekisskiss愛の言葉を毎日毎日シャワーのように浴びるものだから、ネットでガシガシ英語愛情表現集だのイタリア語愛情表現集だの検索し、こちらも負けずにお星様だの宝物だの王子様だの言い返す訳ですが、さすが歯がゆく「日本語愛情表現集」を探すのもこいつがなぜだかてんで見つからない。

母国語だからいちいち載せないのかいなと、日本人に恋する留学生のための恋文集を覗けば「あなたはわたしの宝物です」とか「きみは僕のお星様」とか直訳ばかり。小首をかしげて「ニャー」というのもあった(これはちょっとおもしろい)仕舞いには「日本人の愛情表現の乏しさは世界最低」と言われる始末。

「ぬしさんぬしさん、遊んでいっておくんなまし」と花魁が
「粋だねえ、伊達だねえ」と江戸っ子のお姉さんが
「今日の日は千歳の如く」と「生きの緒に思ひし君を」と「黒髪の白くなるまで」と万葉の人々が歌った
日本語愛情表現集はどこへ行った教えてウィキペディア!

そういえばこないだアイヌの大学教授にお話を伺う機会があったんだけど、「僕たちが今触れているのは江戸時代までのアイヌの生活なんだよ。それは江戸時代までの本州の人々の暮しとたくさん共通項があるんだよ。」と色んな話をしてくれたっけ。つまりは近代以前のアジアの人々の暮らしだ。それは明治以降奪われてしまった悲しい歴史でもあるんだけど。

慈悲も恩寵も恵みも哀れみも仁も情けも温かみもいつくしみもいたわりも慕情も性も切なさも献身も奉仕も忠義も熱情も執着も盲目もおんば日傘も猫かわいがりも不毛も純情も無垢も。

「愛」の一言に押し込めて、その分断された以前を古典のように「なにそれわかんねえ!」とまるで外国語の距離を感じながら妙に腑に落ち、言葉のような心を発掘のように丁寧に掘り起こす作業はぼくらも同じことなんだろう。

夏目漱石が「月が綺麗ですね」と
二葉亭四迷が「死んでも可いわ」とI love you を訳したのは有名な話ですが

「月が綺麗ねと」ほっとつぶやいて
「死んでも可いわ」と君の腕に落ち
小首をかしげてニャーと云いながら

ぼくは愛の在りどころを探していたい。
posted by bambora at 23:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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