2012年04月22日

月が綺麗その2

「日本は世界一愛が無くてヤバイ」
と西洋で長く暮らして来た人々は口をそろえて言う。
あんまりにもみんなが言うから
それは事実なんじゃないかと思うんです。

しかしぼくは日本人なので
もともと愛の概念が無いのです。

それは日本人が隣人を愛したり自己犠牲できないという意味ではなく
愛という外来語をうまく使いこなせてないと感じているのです。

調べたら日本は仏教とキリスト教から愛の概念を輸入したそうです。
しかし仏教とキリスト教では愛の意味が真逆なので
混乱をきたしているそうです。

ぼくはそろそろ「愛」を翻訳し直したほーがいいと思っています。

ぼくも愛が無くてヤバイ
とゆわれている日本人なので
ぎゅっと心が痛いのですが

町おこしは足元にある素敵なものをきちんと拾って磨くことだから
日本古来の「愛」と同じ働きの心を知りたいと思っています。

明治以降
日本人は「愛」とゆーーひとの言葉に頼りすぎて
自分たちの身体がもっている「愛」を
うまく磨いてこなかったのかもしれません。
もしかすると同じ頃
近代化によって「愛」が急激に失われていったのに
言葉だけ輸入して満足しちゃったのかもしれません。

「愛って何?」って質問すると
よくわからないとたくさんの人が答える日本の現状をみて
そう思います。

先輩おにいちゃんたちが口々に「愛」というその輪郭は
自己責任と他者に対する寛容と経済ではなく贈与によってつくられている感じがする。
近親者や男女の間に交わされる情のことではなく
どちらかというと他者との戦争しないための哲学や
自身を導いてゆく美のようなもののようだ。

ならば日本人の愛は幼稚なのかもしれない。
その言葉を使い始めた年月と同じに幼いのかもしれません。

自己責任と寛容と贈与によって書かれた
近代以前の日本の物語は何だろう?

それによってのみぼくの愛は解放される気がしています。
もしくはヨーコを母にして
その言葉を聞いていたい。




posted by bambora at 02:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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